労働者から、会社を辞めたいと退職願を提出された場合、いつまでの申出であれば、その申出を受け入れる必要があるか、誤解されているケースが散見されます。就業規則で、退職時期について制限を設けていても、当該規定は無効となることが多いのです。

退職の時期(いつでも可能か)

無期雇用の場合

退職日

退職日については、民法上、解約の申入れの日から2週間を経過することによって雇用契約が終了します(民法627条1項)。初日は不算入として計算する(民法140条本文)ため、例えば、5月24日に労働者から雇用契約解約の申入れ(退職届の提出)があった場合、6月7日が退職日となります。
退職の意思表示の方法は、退職願の提出、メールでの退職の意思表示でも問題ありませんが、退職願を提出してもらうのが一般的です。

就業規則に退職時期の定め・会社の許可を要する定めがある場合

就業規則で、労働者が退職するには、3か月前までに会社へ退職届を提出して申し出なければならない、会社の許可を得なければならない等の規定を設けているケースが散見されます。

この点について判断がなされた重要な裁判例を紹介します。

「法は、労働者が労働契約から脱することを欲する場合にこれを制限する手段となりうるものを極力排斥して労働者の解約の自由を保障しようとしているものとみられ、このような観点からみるときは、民法627条の予告期間は、使用者のためにはこれを延長できないものと解するのが相当である。」
「従って、変更された就業規則・・・の規定は、予告期間の点につき、民法627条に抵触しない範囲でのみ・・・有効だと解すべく、その限りでは、同条項は合理的なものとして、個々の労働者の同意の有無にかかわらず、適用を妨げられないというべきである。」
「なお、同規定によれば、退職には会社の許可を得なければならないことになっているが・・・、このように解約申入れの効力発生を使用者の許可ないし承認にかからせることを許容すると、労働者は使用者の許可ないし承認がない限り退職できないことになり、労働者の解約の自由を制約する結果となること、前記の予告期間の延長の場合よりも顕著であるから、とくに法令上許容されているとみられる場合・・・を除いては、かかる規定は効力を有しないものというべく、同規定も、退職に会社の許可を要するとする部分は効力を有しないと解すべきである。」
(高野メリヤス退職金事件、東京地判昭和51年10月29日)

このように、退職前の一定の予告期間をおいてからしか退職できないという規定や、退職には会社の許可を得なければならないという規定が、就業規則で定められていたとしても、当該規定は無効と判断されています。

したがって、労働者には、退職の自由が保障されるため、民法627条1項の規定よりも不利な就業規則の規定は無効となります。

有給休暇消化の要望

さらに、この2週間の間、有給を消化してから辞める、つまり、退職の意思表示をしてから出社しないとの要望がなされる場合があります。

そこで、会社・使用者としては、労働者からの有休取得の要望に対しては、労働者の希望する有休取得時期につき、業務に差し支えが出ることを理由として、時季変更権の行使を主張することが考えられます。

しかしながら、労働者がもう辞めると言っている以上、2週間の範囲内での別の時期に有給取得の時期をずらすよう指示することはできなくなります。旧労働省からも同趣旨の通達が出されています(昭和49年1月11日基収5554号)。

したがって、有給を消化してから辞めるとの労働者の要望に従わざるを得ません。

業務の引継ぎ

もっとも、最低限の引継ぎをしてもらわないと、会社業務は混乱し、正常な業務をすることができなくなる場合があります。この場合には、最低限の引継ぎをしてから辞めるように指示をすることはでき、これに従わずに放置して辞めてしまった労働者に対して損害賠償請求をすることも認められます。

しかし、引継ぎ業務というのは無限に考えられるため、過大な内容の引継ぎ業務をしなければ退職を許さないとする指示は、退職の自由を潜脱するものとして認められず、これに違反した労働者に対する損害賠償請求は認められないこととなります。

労働者に提示した労働条件と実態が異なっていた場合

なお、労働契約締結時に労働者に明示した労働条件と、実態と異なっていた場合には、労働者は「即時に」労働契約を解除することができます(労働基準法15条2項)。さらに、労働者が就労のために住所を変更した場合であって、その労働者が雇用契約解除の日から14日以内に帰郷する場合には、会社・使用者は、必要な旅費を負担しなければなりません(労働基準法15条3項)。

有期雇用の場合

正社員の場合には、期間の定めのない無期雇用のことが多いですが、契約社員・パート・アルバイトの場合には期間の定めのある有期雇用のことが見られます。
期間の定めのある場合、「やむを得ない事由」がある場合にのみ、労働者は直ちに契約の解除をすることができます(民法628条)。

やむを得ない事由

①労働者者側に存する事由:労働者の怪我・病気による相当期間の就労不能、近親者の看護の必要、家庭事情の急激な変動
②使用者側に存する事由:仕事の継続により労働者の声生命・身体に対する危険が予測される場合、使用者の事業の失敗・破綻
などが挙げられます。

その他、裁判例として、使用者が自己の事務所を閉鎖して労働者に自宅を事務所として勤務するように命じたことから労働者が退社に至った事案(京都地判平成23年7月4日)などが挙げられます。

労働者の損害賠償責任

労働者の一方の過失によるときには、会社に対して労働者は損害賠償責任を負うことになります。したがって、有期雇用で突然退職の意思表示をしてきた労働者に対しては、やむを得ない事由がない場合には損害賠償責任を追及する可能性がある旨通知することが考えられます。

1年を超える期間を契約期間

労働基準法14条1項は、期間の定めのある労働契約の期間の上限について、3年(例外的に5年)と定めています。

もっとも、労働者の人身拘束の懸念から、労働基準法附則137条において、1年をこえる契約期間を定めた労働契約の労働者は、一定の事業の完了に必要な期間を定めるものおよび特例の上限5年が適用される労働者を除き、本条にかかわらず、契約期間の初日から1年を経過した日以後は、使用者に申し出ることによりいつでも退職できるとされています。

したがって、1年を超える期間を契約期間と定めた労働契約の場合には、1年を経過すれば、労働者はいつでも退職できることに注意が必要です。

退職時を任意に早める場合

労働者が、2週間後ではなく今すぐに辞めたいと希望しており、会社・使用者側がすぐに辞めてもらっても構わないという場合、両当事者の意思が合致いている以上、民法や就業規則の定めによらずとも合意退職することは可能です。
他方、労働者が2週間後と言っているのに、会社・使用者側が一方的に今すぐに辞めてもらう・合意退職したことにする、ということについては注意が必要になります。

例えば、労働者が5月24日に退職したいとの意思表示をした場合、5月31日退職とすれば、労働者の6月分の社会保険料負担は無くなります。しかし、当該労働者に有給休暇残が残っている場合には、①有給期間(給与発生期間)の4日分の給与、②6月度一ヶ月分の社会保険料のうち会社負担分、という利益を失うことになってしまいます。

他方、労働者がどこまで考えて、2週間後に退職すると言っているの、どこまで厳密に考えているのかは分かりません。そこで、労働者本人に問い合わせ、いち早く5月31日をもって退職とすることで良いのか、原則通り6月3日をもって退職とするのかどうかを確認した方が良いです。

退職時期の事実上の制限

労働契約締結にあたり貸付金として金銭を渡したり契約金を渡したりするケースや、労働者に対して損害賠償請求をしたいと考えているケースや、研修費等労働者に投資した金員の返還を求めたいケースにおいて、一定の金銭を支払わなければ退職させない、あるいは、すぐに退職するならば金銭請求をする、と言って事実上退職時期を制限するケースが見られます。

賠償予定の禁止

法律では、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」(労働基準法16条)と定められています。

この点のリーディングケースとして、下記裁判例が挙げられます。
このケースでは、美容院を運営する会社において、労働者である美容師に対して、
「万一、私が会社からの色々な指導を自分の都合でお願いしているにもかかわらず勝手わがままな言動で会社側に迷惑をおかけした場合には、下記のことをお約束いたします。記、1、指導訓練に必要な、諸経費として入社月にさかのぼり一か月につき金四万円他の講習手数料を御支払いいたします。2、上記講習手数料は、会社より請求があった日より一週間以内に御支払いいたします。3、それ以後は、金利(月利三パーセント)を加算することとします。但し、私の態度によって、会社側より講習手数料を、請求されない時は支払義務なしとさせて頂きます。」と定めていました。そして、採用後7ヶ月半月後に退社した美容室従業員に対する、この契約に基づく「講習手数料」の支払請求が棄却されました。

「労働基準法第16条が使用者に対し、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償を予定する契約をすることを禁じている趣旨は、右のような契約を許容するとすれば労働者は、違約金又は賠償予定額を支払わされることを虞れ、その自由意思に反して労働関係を継続することを強制されることになりかねないので、右のような契約を禁じこのような事態が生ずることを予め防止するところにあると解されるところ、当該契約がその規定上右違約金又は損害賠償の予定を定めていることが、一見して必ずしも明白でないような場合にあっても、右立法趣旨に実質的に違反するものと認められる場合においては、右契約は同条により無効となるものと解される。そして、当該契約が同条に違反するか否かを判断するにあたっては、当該契約の内容及びその実情、使用者の意図、右契約が労働者の心理に及ぼす影響、基本となる労働契約の内容及びこれとの関連性などの観点から総合的に検討する必要がある。」
「本件契約の目的、内容、従業員に及ぼす効果、指導の実態、労働契約との関係等の事実関係に照らすと、仮令原告が主張するようにいわゆる一人前の美容師を養成するために多くの時間や費用を要するとしても、本件契約における従業員に対する指導の実態は、いわゆる一般の新入社員教育とさしたる逕庭はなく、右のような負担は、使用者として当然なすべき性質のものであるから、労働契約と離れて本件のような契約をなす合理性は認め難く、しかも、本件契約が講習手数料の支払義務を従業員に課することにより、その自由意思を拘束して退職の自由を奪う性格を有することが明らかであるから、結局、本件契約は、労働基準法第16条に違反する無効なものであるという他はない。」と判示しました(サロン・ド・リリー事件、浦和地判昭和61年5月30日)。

つまり、違約金(損害賠償金)を支払わなければ、退職後に労働者が請求されてしまうという事実上の退職制限は違法と判断されました。

入社(雇用契約締結)時に支給した契約金の返還請求

入社(雇用契約締結)時に、会社・使用者が労働者に対し、契約金を渡すケースがあります。労働者が退職をしようとした際に、この契約金の返還請求をすることができるかについて、裁判例があります。

「本件サイニングボーナス(※企業と雇用契約を結び、一定期間企業に拘束されることに対する対価として支払われるで、役員や一定の部長職等の上級職の中途採用に際して、一般的に契約条項の中に定められるもの)は、原告会社と雇用契約を結んだときに支払われる金員であって、成約を確認し勤労意欲を促すことを目的して交付される性質を有するほか、1年内に自らの意思で退職した場合にはその全額を返還することを約することで、一定期間企業に拘束されることに対する対価としての性質をも有していることが明らかである。」
「暴行、脅迫、監禁といった物理的手段のほか、労働者に労務提供に先行して経済的給付を与え、一定期間労働しない場合は当該給付を返還する等の約定を締結し、一定期間の労働関係の下に拘束するという、いわゆる経済的足止め策も、その経済的給付の性質、態様、当該給付の返還を定める約定の内容に照らし、それが当該労働者の意思に反して労働を強制することになるような不当な拘束手段であるといえるときは、労働基準法5条、16条に反し、当該給付の返還を定める約定は、同法13条、民法90条により無効であるというのが相当である。
本件サイニングボーナスを退職時に一度に全額返すことは、その半分程度の月収しか得ていない被告にとって必ずしも容易ではないことが推認できるし、その返還をためらうがゆえに、被告の意思に反し、本件雇用契約に基づく労働関係の拘束に甘んじざるを得ない効果を被告に与えるものであると認めるのが相当である。」
「したがって、本件報酬約定に定める本件サイニングボーナスの給付及びその返還規定は、本件サイニングボーナスの性質、態様、本件報酬約定の内容に照らし、それが被告の意思に反して労働を強制することになるような不当な拘束手段であるといえるから、労働基準法5条、16条に反し、本件報酬約定のうち本件サイニングボーナス返還規定は、同法13条、民法90条により無効であるというのが相当である。」と判示しました(日本ポラロイド事件、東京地判平成15年3月31日)。

研修費の返還請求

入社(労働契約締結)にあたり、会社が労働者の研修のための学費を出してあげる場合があります。そして、一定期間の勤務を条件に、その返還を免除する規定を設けているケースがあります。そこで、労働者が退職をしようとした際に、この研修費の返還請求をすることができるかについて、裁判例があります。

「使用者が労働者に対し、修学費用等を貸与した際の、一定期間就労した場合には貸与金の返還は免除するが、そうでない場合には一括返還しなければならないとの合意は、形式的にその条項の規定の仕方からのみではなく、貸与契約の目的、趣旨等からして、同契約が、本来本人が負担すべき修学費用を使用者が貸与し、ただ一定期間勤務すればその返還債務を免除するというものであれば、労働基準法16条に違反するものではないが、使用者がその業務に関して技能者の養成の一環として使用者の費用で修学させ、修学後に労働者を自分のところに確保させるために一定期間の勤務を約束させるという実質を有するものであれば、同法16条に反するものと解される。また、退職等を理由とする貸与された修学資金の返還を定めた規定が、いわば経済的足止め策として就労を強制すると解されるような場合は、そのような規定は、同法14条にも違反するというべきである。」
「本件貸与契約は、将来原告の経営する病院で就労することを前提として、2年ないし3年以上勤務すれば返還を免除するという合意の下、将来の労働契約の締結及び将来の退職の自由を制限するとともに、看護学校在学中から原告の経営する病院での就労を事実上義務づけるものであり、これに本件貸与契約締結に至る経緯、本件貸与契約が定める返還免除が受けられる就労期間、本件貸与契約に付随して被告A及び被告Dが原告に提出した各誓約書(〈証拠略〉)の内容を合わせ考慮すると、本件貸与契約は、原告が経営する病院への就労を強制する経済的足止め策の一種であるといえる。」
「したがって、以上によれば、本件貸与契約及び本件連帯保証契約は、労働基準法14条及び16条の法意に反するものとして違法であり、無効というべきである。」と判示しました(和幸会・看護健康修学資金貸与事件、大阪地判平成14年1月11日)。

まとめ

その他、留学費用について、海外留学から帰国してから退職しようとして場合については、裁判例も分かれるところです。金額が莫大になり、留学目的が業務目的よりも労働者本人のスキルアップの目的も兼ねる場合もあり、その場合には上記裁判例の考え方があてはまらないケースもあります。

まだ判断が固まっているところではないので、個別ケースに応じた検討が必要になります。裁判所の判例検索サイト・記事などで確認していくことも有益でしょう。
お困りの際には弁護士にご相談ください。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 平栗 丈嗣
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