従業員との間で労働紛争が生じ、その後の話し合いで妥決点が見出せない場合、従業員が裁判所に対して労働審判手続の申立てをすることがあります。

労働審判手続が申し立てられた場合、初回期日までに会社側は自身の言い分を答弁書という書面にまとめて裁判所に提出する必要があります。

今回は、労働審判手続が申し立てられた場合における答弁書の作成方法について解説をしていきます。

答弁書とは何か?

労働審判手続は、基本的には、従業員を申立人とし、会社を相手方とする手続です。

従業員が自身の言い分をまとめて裁判所に提出する書面を申立書といい、会社が自身の言い分をまとめて裁判所に提出する書面を答弁書といいます。

労働審判手続は、労働審判官(裁判官)1名と労働審判員2名で構成される労働審判委員会により行われます。

労働審判委員会は、申立書と答弁書を基本として手続を進行し、初回期日において、おおよその心証(審判の結論についての考え方)を形成してしまいますので、答弁書には会社の言い分を過不足なく記載しておく必要があります。

答弁書作成のタイミング

従業員が裁判所に対して労働審判手続の申立てを行うと、裁判所は、従業員が提出した申立書の記載内容について形式的な審査を行い、不備が整った段階で申立人である従業員との間で第1回労働審判手続期日をいつにするかを調整し、その後、相手方である会社に対して申立書や証拠とともに「期日呼出状及び答弁書催告状」を送付するという流れになります。

裁判所が作成する「期日呼出状及び答弁書催告状」には、初回の労働審判手続期日がいつ開催されるか、また、会社として答弁書をいつまでに提出すべきか等の記載があります。

通常、答弁書の提出期限は初回の労働審判手続期日の7~10日前に設定されますが、労働審判手続では申立てから40日以内に初回期日を設定することが原則とされていること、裁判所が行う書面審査等の関係で申立てから会社への書類発送まではある程度の時間がかかること等の事情から、実際の会社側の準備期間は相当短いといわざるを得ず、遅くとも裁判所から申立書等が届いた段階では答弁書作成の準備を開始する必要があります。

定められた答弁書の提出期限を過ぎてしまうと会社として労働審判手続の中で一切の主張ができなくなるというわけではありませんが、答弁書の提出が遅れれば、その分、労働審判期日までに労働審判委員会が答弁書に目を通す時間が短くなるということになりますので、会社の言い分に対する理解が薄くなる可能性があります。

初回の労働審判手続期日において労働審判委員会のおおよその心証が形成されるということを前提に考えれば、必要十分かつポイントをおさえた答弁書を期限内に提出しておくことが重要となります。

答弁書の記載事項

答弁書には以下の事柄を記載する必要があります。

① 申立ての趣旨に対する答弁

② 労働審判手続申立書に記載された事実に対する認否

③ 答弁を理由づける具体的な事実

④ 予想される争点及び争点に関連する重要な事実

⑤ 予想される争点ごとの証拠

⑥ 当事者間においてされた交渉その他申立てに至る経緯の概要

なお、裁判所から労働審判手続の申立書等が送付される際、裁判所が作成した答弁書の記載例も同封されますが、その内容は最低限の簡潔なものにとどまるため、会社の言い分を正確に労働審判委員会に伝えるためには、記載例に留まらない、より詳細な答弁書を作成すべきです。

① 申立ての趣旨に対する答弁

申立書の冒頭部分に記載される「申立ての趣旨」には、従業員が労働審判手続において求める結論(裁判所から会社に対してどのような命令をしてほしいか)が記載されています。

具体的には、

解雇無効事案であれば、労働契約上の地位確認及び解雇期間中の賃金支払い、

残業代請求事案であれば、残業代及び遅延損害金の支払い、

ハラスメント(パワハラ、セクハラ等)事案であれば、慰謝料及び遅延損害金の支払い、

等の記載がされます。

会社の基本的な立場としては従業員の請求には応じない(認めるべきではない)というものになるかと思いますので、答弁書においては、従業員の求める支払い等の命令をすべきではないという記載をすることになります。

そのため、申立ての趣旨に対する答弁は「申立てにかかる請求を棄却する」との記載を行います。

② 申立書に記載された事実に対する認否

申立書には、労働紛争について従業員が認識している具体的な事実経過及び従業員の主張の根拠が記載されます。

「認否」とは従業員の主張する具体的事実について、会社として「認める」のか、「否認する」のか、「知らない(分からない)」のか、3種類の区分けをすることをいいます(このほか、具体的事実についての法的評価に対立がある場合には「争う」という区分けをします)。

「認める」とした部分については当事者間の認識に争いがないということになり、その部分は証拠の有無に関わらず労働審判委員会の判断の基礎となります。

後になって認めた部分を覆すということは難しいため、紛争の重要部分について「認める」という認否をする場合には慎重な検討が必要となります。

「否認する」(もしくは「争う」)とした部分は当事者の主張が対立しているということになり、その点が紛争の重要部分である場合には、労働審判手続における重点的な審理対象となります。

その場合、証拠の評価や参加者の聴き取り等により当事者のどちらの言い分を信用するかを労働審判委員会が判断します。

「知らない(分からない)」という区分けは、会社が認識していない従業員等の言動や従業員の心情等について用いられます。

主張上の扱いとしては「否認する」に近い性質となります。

会社が「認否」を正確に行うことで、労働審判委員会は、持ち込まれた労働紛争においてどの部分が争点となっており、注力して審理を行うべき箇所はどこかということがわかりますので、「認否」という作業は3回の期日における迅速な解決を目指す労働審判手続では特に重要な作業になります。

万一にも会社に不利益があってはいけないとして、本来、「認める」べき点も「否認する」という対応もあり得ますが、その後の聴き取りで結果的に「認める」のであれば、労働審判委員会に与える印象や労働審判手続の目指す紛争の早期解決という観点から、そのような対応はあまりお勧めできません。

③ 答弁を理由づける具体的な事実

申立ての趣旨に対する答弁に従業員の請求を認めるべきでないと記載した場合、答弁を理由づける具体的な事実には、なぜ従業員の請求を認めるべきでないのか、会社がその根拠として認識している具体的事実を記載します。

会社の答弁は従業員の申立てと対になるものであり、労働審判委員会は、従業員の申立て内容と会社の答弁内容を比較・検討して心証を形成していきますので、重点的かつ丁寧に記載すべき項目です。

従業員が主張している権利が認められるか、また、会社の反論が合理的なものかについて、労働審判委員会はそれぞれ根拠となる条文の法的要件を満たす具体的事実が存在するか否かにより判断しています。

そのため、法的要件と無関係な部分で闇雲に事実経過を記載することは手続上あまり意味がなく、従業員の法的主張に対する反論として機能するよう必要十分な事実を適示する必要があります。

会社側の書面としては、従業員との雇用契約の開始から紛争に至る経過、そこまでに会社が従業員に対してどのような対応をしてきたか等を時系列に沿ってまとめていくのですが、法的要件を念頭に置いて事実関係にメリハリが出るような記載にしていきます。

なお、労働審判委員会はあらゆる職種についてその業務内容を正確に把握しているわけではありませんので、業界経験のない素人が読んでも理解できるよう、分かりにくい業務や取扱いについてはかみ砕いて(場合によっては業務フローを作成する等して)記載する必要があります。

④ 予想される争点及び争点に関する重要な事実

会社として、労働紛争の争点と考える事実関係や法律問題、当該争点の判断のために重要と思われる具体的事実について記載します。

従業員が作成する申立書にも争点に関する記載が存在するため、争点について会社側も認識を同じくするという場合には従業員の主張する争点を認めるという形で構いませんが、従業員の主張する争点とは異なる点に事実認識ないし法律解釈の差異があると考える場合には別途、争点の指摘を行います。

具体的には、

解雇事案では、解雇の有効性等(解雇理由の存在ないし解雇の社会的相当性)、

残業代請求事案では、労働時間、賃金単価、管理監督者性、固定残業代制度の有効性等、

ハラスメント(パワハラ、セクハラ等)事案では、問題となる言動の有無、その言動のハラスメント該当性等

が、争点となります。

争点の指摘をした後は、争点に関する会社の主張が法的に正しいことを示す具体的な事実について記載していきます。

この点は答弁を理由づける事実と重なる点も多いため、労働審判委員会に伝わりやすいよう記載の仕方には工夫が必要です。

⑤ 予想される争点ごとの証拠

争点は従業員と会社の言い分が食い違う点ですので、証拠により労働審判委員会に会社に有利な心証を抱いてもらう必要があります。

労働審判委員会は基本的には証拠によって具体的事実の存否を判断しますので、争点の判断のために必要かつ会社の主張を根拠づける証拠の提出をしなければなりません。

答弁書では具体的事実の記載の末尾に(乙1、乙2…)という証拠番号を記載し、当該事実の存在を示す証拠を引用します(証拠に関して、甲番号が申立側である従業員の証拠に付され、乙番号が相手方である会社側の証拠に付されます)。

また、各証拠により何を証明したいのか、その証拠はいつ、誰の手によって作成されたか等を示す証拠説明書(提出する証拠の一覧表)もあわせて作成します。

答弁を基礎づける証拠は些末なものも含めすべて提出しておきたいと考えてしまいがちですが、労働審判手続には時間的制約が存在するため、あまりに大部の証拠を提出しようとすると労働審判委員会から制限されることもあり得ます(重要部分のみの提出に留めてほしいとの指示があることもあります)ので、主張と同様、端的に会社の言い分を示す重要なものを提出することを心がけます。

具体的には、

解雇事案では、雇用契約書、就業規則、反省文、懲戒通知書、解雇通知書等、

残業代事案では、雇用契約書、賃金規程、タイムカード、辞令、給与明細等、

ハラスメント(パワハラ、セクハラ等)事案では、当事者の関係性を示す組織図、調査委員会による当事者の聞き取り結果報告書、ハラスメントへの対応状況を示す報告書等

が、証拠として提出されます。

⑥ 当事者間の交渉や申立てに至る経緯の概要

当事者間の交渉経過や申立てに至る経緯について大まかなところを記載します。

従業員側が正しい経過を主張していればそれを認めるという形で構いませんが、会社に有利な交渉経緯が省略されている場合もあり得るため、その点については補足を行います。

双方、書面でやり取りをしている場合には、会社として従業員との協議を真摯に行ってきたということを示すために当該書面を証拠提出することもあります。

まとめ

今回は、労働審判手続が申し立てられた場合における答弁書の作成方法について解説をしてきました。

労働審判手続では期日前に提出した答弁書の内容に加え、期日における関係者からの聞き取り等を踏まえて審理が進んでいきますが、基本とされるのは答弁書の記載内容であるため、慎重に検討をした上で過不足ない記載を目指すべきです。

他方、労働審判手続は構造的に会社側の準備期間が短いといわざるを得ないにもかかわらず、ほとんどのケースでは初回の期日で労働審判委員会の心証形成がなされてしまうというのが実際の状況ですので、適切かつ有利に労働審判手続に対応しようとする場合には労働事件に精通した弁護士に依頼し手続に関与してもらうことが不可欠であると考えます。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 吉田 竜二

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