パワハラを原因として損害賠償請求がされたとき、被害者側から加害者側に請求される慰謝料について、どのような事案で、どの程度の額が認められているのか。裁判例における相場について、弁護士が典型的な類型から解説します。
職場でのパワハラ、慰謝料はどのようなときに認められる?慰謝料の額の相場は?裁判例から分かる傾向について
パワハラによる慰謝料を認定した裁判例の中でも、慰謝料の額は数万円程度にとどまるものから2000万円を超える認定がなされたものもあります。このような大きな幅はなぜ生じるのでしょうか。
今回の記事は、パワハラの加害者側の責任として、慰謝料算定の考慮要素などを、これまでの裁判例などの紹介も踏まえ、解説します。
そもそもパワハラに当たる言動ってどんなもの?
法律上の定義
パワハラ(パワーハラスメント)の定義としては、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(略して、「労働施策総合推進法」)の30条の2にて規定されています。
具体的には、
「職場」において行われる「優越的な関係」を背景とした言動であって、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」ものによりその雇用する「労働者」の就業環境が害されること
をパワハラと定義づけています(カッコ書きは本コラムにおける追記部分です。)。
パワハラ行為を構成する3つの要素
労働施策総合推進法では、上記に掲げる「労働者」に関し、「3要素」を満たす行為を「パワハラ」としており、これまで一般的に言われていたパワハラの定義づけを踏襲しているものといえます。
そもそも「労働者」とは?
いわゆる正規雇用者のみならず、パート、契約社員等非正規雇用労働者も含むため、派遣労働者も含まれます。
派遣労働者の場合、派遣先の会社はその派遣労働者を「雇用」しているわけではありませんが、法律上は派遣元と同様にパワハラについての措置義務を課されています。つまり、パワハラの対象として、派遣労働者について派遣先が責任を問われることもありうるということですので、注意が必要です。
さらに3要素の内容を見ていきましょう。
「職場」とは?
労働者が業務を遂行する場所であり、労働者が通常就業している場所以外の場所でも、業務を遂行する場所ならば「職場」に含まれます。
職場というのは物理的な勤務場所という意味にとどまらず、およそ業務をする場所であれば該当するため、たとえば出張先であるとか業務の際の移動中の場であるとか、業務に関する電話・メールのやり取り、会社の飲み会を行う場なども、職場といいうる場面に該当します。
「優越的な関係」とは?
パワハラは一般的には上司と部下の間で問題となることが多いものですが、同列・同僚の者、あるいは自分の部下が相手であっても、個人の階級等と関係なく協力を得なければ業務などが上手くできないという場合には、「優越的な関係」が生じているといえます。ですから、上司と部下の関係でも、事案によっては部下が優位な立場になるということもあり得ることには注意しなければなりません。
「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」とは?
その言動が、業務上明らかに必要性がない・その態様が相当でない ということであるとされています。具体的な事情を総合考慮して判断がされるということになります。
パワハラの具体的な行為態様
厚労省が提示する典型例としては、以下の6つの例が挙げられています。
・身体的な攻撃(暴行・傷害)
・精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・ひどい暴言)
・人間関係からの切り離し(隔離・仲間外れにする・無視する)
・過大な要求(業務上明らかに不要なこと等要求)
・過小な要求(仕事を与えない 等)
・個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
ただし、この6つの類型がパワハラの全てということでもないことには注意が必要です。
パワハラに該当するかの判断
パワハラで一番難しい要素は、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」といえるか(=業務上明らかに必要性がない・その態様が相当でない)ということでしょう。
この点、裁判例などでは証拠などに基づき以下のような要素から、正当性と相当性があるか否かを検討していると考えられます。
①人格否定、名誉毀損となるような発言か
(例 給料泥棒、バカ野郎、給料を返せ 等)
労働者側の権利を侵害するという悪影響があるのに対し、このような発言をしても合理的な業務上の指導効果があるとはいえないため、多くのケースではパワハラと判断される方向に働くものと思われます。
ただ、上司など指導する立場から出されたのが強い言葉・厳しい言葉でも、その背景にある事実に、労働者の業務の改善策としてやむを得ない理由があり、指導方法に合理性があれば、ただちにパワハラとまではいえません。
②退職、解雇、処分を示唆するような言動か
(例 辞めろ、やる気がないなら会社を辞めるべき、いつでもクビにできる 等)
職場での地位を奪うような言動が見られる場合は、パワハラと認定されやすくなる傾向にあります。
③叱責を受けている本人の帰責性、業務上の必要性ある言動か
その言動がされた経緯も要素となります。たとえば、業務上の指導をしてこなかったにもかかわらず厳しい指導をする場合、パワハラと認定されやすくなると思われますし、逆に言動を受けた側に落ち度や改善すべき点があると、発言者側に多少厳しい言動があったとしても許容される可能性が出てくるようです。
④言動を受けた本人の立場、能力、性格
言動を受けたのが、経験が少ない新人なのか、すでにある程度の経験・情報を持ち業務が可能なものとして期待を受けるべき立場の者かも考慮されているようです。経験が長く、既にそれなりの立場などにあるのであれば、当然厳しい指導の必要性や許容性が出てくるというわけです。
⑤指導の回数、時間、場所
頻度が多い、時間が長い、人前で叱責するなどであれば嫌がらせや侮辱といった意味を有するようになり、違法性を帯びるようになるという判断になる傾向にあるようです。実際には、言動そのものだけではなく、事後的なフォローがあったのかといったシチュエーションも、考慮されているようです。
⑥他の者との公平性
たとえば同じ問題を起こして、一方のみ加重に叱責するというのは、公平でないとして違法との判断に傾く傾向にあります。他方は叱責していないのですから、そもそもその激しい叱責を受けた人に対しても、その叱責が必要であったのか疑わしい、つまり合理性が揺らぐということになるでしょう。
必ずしも上記の点だけで判断しているわけではないかもしれませんが、裁判所の裁判例の傾向としてまとめると、上記に着目していると思われます。
パワハラがあった時、慰謝料は必ず認められる?
慰謝料とは何なのか
慰謝料は、パワハラによって精神的苦痛を被ったことによる賠償ですが、交渉で解決できず訴訟になったという場合でも認定額については事案によってかなり幅があり、数万円程度というケースもあれば、被害者が自殺等により死亡したというケースでは数千万円にも上る高額になるケースもあります。
慰謝料が認められなかったケース
当然のことではありますが、パワハラ行為があったとして慰謝料請求を受けたとしても、当該言動が「業務上必要性のある指導や叱責であって、正当な業務の範囲内にあって社会通念上許容されるものであった」という場合には、それは違法なパワハラ行為ではないわけですから、慰謝料は発生しません。
慰謝料が認められたケース
これに対し、問題となった言動がパワハラとして違法となれば、それにより精神的な苦痛を受けたものとして慰謝料の支払義務が認められる余地が出てきます。
ただし、その慰謝料額については、事案によって大きく幅があり、傷害を負ったか否かや、精神疾患に罹患したか否か、被害者がパワハラの結果どのような状態に至ったかということによって全く変わってきます。
また、パワハラの被害者が亡くなってしまった場合などは、その家族や遺族が多大な精神的苦痛を受けるということも想定され、パワハラの加害者となる側(行為者・その使用者)が家族や遺族に対する、その家族・遺族自身の慰謝料が認められることもあります。
慰謝料の相場について
慰謝料が認定されている事案での金額内訳
平成17年から平成30年までのパワハラによる慰謝料認定裁判例のうち73件については、その金額の内訳として
50万円未満 ・・・26件
50万円以上100万円未満 ・・・11件
100万円以上200万円未満 ・・・16件
200万円以上300万円未満 ・・・ 3件
300万円以上500万円未満 ・・・ 2件
500万円以上1000万円未満 ・・・ 0件
1000万円以上2000万円未満 ・・・ 2件
2000万円以上 ・・・12件
という分布になっています。
これはあくまでも裁判例、つまり判決が出たケースについてであって、裁判になる前に当事者間で合意をして解決金等を支払っているもの、裁判にはなったがその中で和解ができたものなど、実際にパワハラ行為の慰謝料が問題になったケースでもこのなかの統計には入っていないものも相当数あると思われます。
慰謝料が高額になる事情
(1)パワハラ行為の悪質性
パワハラによる慰謝料の認定要素としては、まず第一にパワハラ行為の悪質性が重要な要素になってきます。
例えば、従業員に渡す慰労金明細書に「不要では?」と慰労金の支払いをすべきではないかのように記載された付箋を付着させたという過失行為に対しては、1万円だけ慰謝料を認めたという事案があります。
これに対し、過酷な労働環境が恒常的になっており、養成社員という立場のために不平不満も言えないという状況で様々な嫌がらせをしたというケースにおいては150万円もの慰謝料を認めたという事例もあります。
ほかにも、従業員自らが退職するように仕向けるために執拗に隔離・監視・嫌がらせを繰り返したという事案では、裁判所はその行為について極めて陰湿・不当であるとして200万円という慰謝料認定をした事例があります。
さらに、単なる精神的苦痛を与えるだけではなく、周りからの評価を下げるような名誉棄損的行為がパワハラ行為に認められるというケースでは、400万円という高額な慰謝料を認めています。
(2)パワハラ行為の継続性
また、一度限りの嫌がらせであったのか、それとも継続的になされていた嫌がらせなのかということも、慰謝料の認定額に影響します。
何をもって「継続的」あるいは「長期継続」といえるのかは難しいところではありますが、例えば大学の準教授が約9年間にわたり共同実験室等への入室を制限され研究活動を妨害されていたというケースでは、「長期間の嫌がらせ」として150万円の慰謝料を認定しています。
また、侮辱的な発言等を6年間浴びせられ続けたというパワハラ行為についても、「長期間の嫌がらせ」として100万円の慰謝料を認定したものがあります。
単発の嫌がらせではなく、継続的になされた行為は、その一つ一つについては大きな悪質性が認められないとしても、長期間にわたればより高額な慰謝料になると考えられる傾向にあるようです。
ただし、あまりにも長いハラスメント行為、たとえば28年間にわたるハラスメント行為によって損害を受けていた、というケースでは、10年以上前の行為は「消滅時効」といって賠償請求する権利が消えてしまっているということもあり、残りの部分のみに慰謝料の賠償責任を認めているというものもあります。
(3)パワハラによる結果の重大性
当該パワハラ行為が、どのような結果を生み出したか、ということも慰謝料算定に当たっては重大な要素となります。
たとえば、パワハラ行為を受け続けた結果、当該従業員がうつ病等の精神疾患に罹患したという場合、100万円以上の慰謝料を認められているというケースが多いようです。
100万円未満の認定も裁判例上は存在しますが、これは従業員側にも落ち度や素因があって、元々あるべき慰謝料から減額されているという背景があるようですから、基本的には精神疾患までもたらしたパワハラ行為には、100万円いじょうの慰謝料を認められてもおかしくはない、といえそうです。
さらに、パワハラ被害を受けていた従業員の方が、残念ながら自殺にまで至ってしまった、というケースではどうでしょうか。
もちろん、パワハラ行為と自殺との間に因果関係が認められなければ、自殺という結果にまで責任を及ぼす必要はないわけですが、仮にこの因果関係が認められるとすれば、一般的には1000万円以上、場合によっては3000万円近くの慰謝料を認めているケースがあるようです。
このように、パワハラの結果として被害者である従業員が自殺してしまった場合には、2000万円程度の慰謝料金額が認定されてしまうものと思われますが、このような「死亡」という同じ結果をもっても、慰謝料額に幅があるのはパワハラ行為の悪質性といった他の要素も総合考慮しているからであると考えられます。
(4)被害者側の対応や素因
パワハラ行為であるといえるか、という要素にもなった「被害者側の落ち度」というものも、慰謝料の額には影響を与えると考えられます。
たとえば、パワハラ被害者に仕事を任せることができないと躊躇させる言動があり、実際に13年間継続して仕事を与えなかったということがパワハラ行為ではないかと争われたケースにおいては、被害者側にも問題があったとして、40万円という慰謝料にとどまっているケースがあります。
ほかにも、パワハラ行為によりうつ病になったという診断を受けてはいるものの、そのパワハラ加害者とされる上司のパワハラ行為は、被害者が問題のある態度を改めなかったことに起因しているという要素を考慮して30万円の慰謝料だけを認めた、という事案もあります。
被害者の落ち度だけではなく、被害者の素因も考慮している裁判例もあります。そのケースでは、パワハラ行為により重度のうつ病を発病しているといえるものの、当該発病と精神的不調の継続には、被害者の素因も寄与しているとして、その素因を考慮して本来あるべき慰謝料から減額し、150万円の慰謝料にとどめているというようなケースです。
会社に対する請求
会社内でパワハラ被害が生じた場合、パワハラ被害者はパワハラ行為を行った加害者本人に対してだけではなく、会社に対しても「事業の執行について」パワハラ行為がなされたとして「使用者責任」が問題となります。
また、会社は従業員に対し安全配慮義務または職場環境配慮義務がありますから、パワハラ行為があったということはこれらの義務に違反する「債務不履行責任」が問われる余地が出てきます。
使用者責任でも、債務不履行責任でも、争う場面ではいずれを主張しても良いというのが裁判所の立場ですが、どちらにすべきかによって
・消滅時効の期間
・近親者固有の慰謝料請求権の有無(近親者には会社との契約関係がないので債務不履行責任による構成はできない)
・遅延損害金の起算日
といった諸要素に違いが生じてくることになります。
労働問題の中でも、パワハラは社会問題としても大きな関心を集めています。
パワハラ被害が発生してしまった会社においては、当該パワハラ行為者本人と、会社とが連帯して慰謝料を払えという結論になることもあるのですから、職場内でパワハラ行為があるということは会社にとっても非常に大きな問題になるといえます。
適切に対応できるよう、上記のような裁判例の慰謝料認定の流れがあることを意識しつつ、損害賠償請求などされないように対策をすることが肝要です。
そのような対策をしておけば、会社としても余計な費用をかけることなく、また会社としての信用力を落とすリスクを回避することができます。
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