採用内定を出した後に取り消しをすることがあり得ますが、何か法的な問題はあるのでしょうか。採用内定を出すという事には、どのような法的な意味があるのかを理解すると、この問題は理解しやすいので、法的な意味も含めて解説をいたします。
内定を出すと労働契約が成立します
内定を出しますと、労働契約(始期付解約権留保付労働契約)が成立します。使用者は、内定取り消し事由が生じた場合や、学生の求職者が卒業できなかった場合に契約を解約できる権利を有していますが、労働契約は成立しています。
内定は自由に取り消すことはできません
内定を出しますと労働契約が成立しますので、理由がないまま内定を取り消しますと、不当な解雇となってしまいます。
内定取り消しが適法となるケース
採用内定を取り消すことができるのは、採用内定当時に知ることができないもしくは、知ることが期待できないような事実であり、その事実が内定取り消しの理由として客観的に合理的かつ社会通念上相当と認められるときです。
内定取り消しが認められるような代表例は以下の場合です。
内定者が入社の条件を満たさなかった場合
学校を卒業できなかった場合等、入社の条件をクリアできなかった場合は、内定取り消しが認められることがあります。
内定者が病気やケガで働けなくなった場合
病気やケガで健康状態が悪化して勤務開始日以降の通常の勤務ができないという場合、内定取り消しが認められる可能性があります。
内定者が経歴の詐称を行った場合
内定者が重大な経歴の詐称を行った場合、内定取り消しが認められる可能性があります。
内定者が犯罪行為を犯した場合
内定後入社までの間に、内定者が犯罪行為を行った場合は、内定を取り消せることがあります。また、重大な犯罪歴を隠ぺいしていたような場合も、内定を取り消せる可能性があります。
内定者がSNSで問題発言を行った場合
内定後にSNSで問題発言などをした結果炎上し、内定先の企業イメージを著しく傷つけた場合でも、内定取り消しが可能になる場合があります。
業績悪化により整理解雇が必要な場合
不況や企業の業績悪化により、整理解雇が必要になった場合には、下記の要件を満たす必要はありますが、内定を取り消すことができます。
1.人員削減の必要性
内定を取り消すことについて、不況、斜陽化、経営不振等による企業経営上の十分な必要性が求められます。
2.解雇回避の努力をした
労働者を配転、出向、又は、一時帰休させる、若しくは、希望退職者の募集を行う等、
解雇を回避する努力をしていなければ、内定取り消しは不当解雇と見なされる危険性があります。
3.被解雇者選定の妥当性
使用者は被解雇者を選定するにあたっては、客観的な基準を設定し、これを公正に適用して行うことが必要です。具体的には、勤務地、成績、会社に対するこれまでの貢献度、年齢などを考慮したうえで、被解雇者を選定する必要があります。
4.解雇手続きの妥当性
労働者に対して、整理解雇の必要性とその時期・規模・方法につき納得を得るために説明を行い、誠意をもって協議する必要があります。
違法な内定取り消しと損害賠償
使用者の違法な内定取り消しについては、債務不履行又は不法行為に基づく労働者の損害賠償請求権が認められます。大日本印刷事件(最高裁判所昭和54年7月20日判決)では、慰謝料100万円の支払が認められていますし、また、カワサ事件(福井地方裁判所平成26年5月2日判決)においては、内定取り消し後、別会社に就職できるまでの8カ月間の給与相当額について損害賠償請求が認められています。
内定取り消しと企業名の公開
次のような場合は、厚生労働大臣が企業名を公表する場合があります。
・2年度以上連続して行われた
・同一年度内において10名以上の者に対して行われた
(内定取り消しの対象となった新規学卒者の安定した雇用を確保するための措置を講じ、これらの者の安定した雇用を速やかに確保した場合を除く)
・生産量その他事業活動を示す最近の指標、雇用者数その他雇用量を示す最近の指標等に鑑み、事業活動の縮小を余儀なくされているものとは明らかに認められないとき
・次のいずれかに該当する事実が確認されたもの
①内定取り消しの対象となった新規学卒者に対して、内定取り消しを行わざるを得ない理由について十分な説明を行わなかったとき
②内定取り消しの対象となった新規学卒者の就職先の確保に向けた支援を行わなかったとき
採用内定取り消しに関する裁判例
裁判で内定取り消しが無効と判断された事例を紹介します。
大日本印刷事件 最高裁判所昭和54年7月20日判決 民集33巻5号582頁
採用を応募するにあたって、大学から2社分の推薦を受けていた学生が、1社から内定を受けていたが、内定を取り消されたという事件です。大学の方針により、1社から内定をもらった場合は、そちらの方へ入社するよう指導されていたため、1社から内定を受けた時点で、学生はもう1社への応募を辞退し、大学も推薦を取り消していました。このような状況の中で、内定を出した会社が内定を取り消すという事態が発生し、内定取り消し通知書には、取り消しの理由に関する記載がないという事情がありました。裁判所は、内定取り消しは違法であり、慰謝料100万円の損害賠償責任を認めました。
オプトエレクトロニクス事件 東京地方裁判所平成16年6月23日 労働判例877号13頁
中途採用の採用手続きの中で、求職者の前勤務先で働いていた職員が、求職者と一緒に働いていた時期は無いにもかかわらず、求職者について悪評を会社に伝え、会社がその悪評を理由に内定を取り消したという事案です。悪評は十分な根拠に基づかないものでしたので、裁判所は採用内定の取り消しを違法と判断し、2か月半の給与相当額の損害賠償と慰謝料100万円の支払いを命じました。
内定を取り消す際に実施すべきこと
内定を取り消したい場合は違法とならないように十分に配慮し、求職者に納得してもらうよう努めることが大切です。以下、内定取り消しを行う際に実施すべきことをまとめました。
内定の取り消しに正当性があるかを検討する
先にご説明しました通り、適法に内定を取り消すためには一定の条件があり、その要件を満たさない場合は、高額の損害賠償を負うリスクがあります。そのため、内定取り消しを行う前に、条件を満たすのか否かについて十分な検討が必要です。
法律上必要な手続きの確認
内定の取り消しに正当性があったとしても、内定取り消しは解雇扱いとなるため、労働基準法第20条の解雇予告が必要でないかを確認すべきです。労働基準法は、「試の使用期間中の者」は、引き続き14日を超えて使用されるに至った場合に、初めて解雇予告の保護を受けると定めていますので(同法21条)、試みの使用期間の開始があった後は、解雇予告が必要になると解釈でき、反対にそれ以前であれば、解雇予告は不要と解釈できます。解雇予告が必要な場合は、少なくとも30日前に労働者に予告する必要があり、30日前に予告しない場合は、30日分以上の平均賃金を支払う必要があります。
新卒者の内定取り消しの場合は報告
新卒者の内定を取り消した場合、ハローワークと施設の長に所定の様式を使って報告する必要があります(職業安定法施行規則第35条第2項)。
採用内々定の取り扱いについて
内定を通知する前の「内々定」とその承諾の段階においては、労働契約は成立していないと見なされる場合が多いですが、労働契約が成立していなかったとしても、求職者の期待権を侵害したとして、損害賠償義務が発生することがありますので、注意が必要です。
まとめ
内定の取り消しには損害賠償のリスクがありますので、実施する際には慎重な検討が必要です。取り消しをすべきかお悩みの場合は、弁護士にご相談を頂くのがよろしいかと思います。
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