障害者の雇用の促進等に関する法律(通称 障害者雇用促進法)により、従業員が一定数以上の規模の事業主は、一定の割合で身体障害・知的障害・精神障害を有する方を雇用しなければならないという義務があります。この法律により、民間企業は2.5%の割合で障害を有する方を雇用する義務を負っていますが、残念ながらこのような障害を有する従業員に対するハラスメントが生じていることも事実です。そこで今回は、そのような障害を有する従業員へのハラスメントが裁判で争われた事例について解説していきます。
障害を有する従業員に対するハラスメント問題
障害者雇用率制度
従業員が一定数以上いる企業は、障害者雇用促進法43条1項により、法定雇用率以上の身体障害者・知的障害者・精神障害者の割合を有する義務があります。
民間企業の場合、この法定雇用率は令和6年度4月からは2.5%となっていますから、40人以上の雇用がある企業は、障害者を1人以上雇用しなければならないということになります。この雇用義務を守らない企業は、行政指導がなされることになっています。
障害者とは
障害者雇用促進法における「障害者」とは、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳を有する方のことをいい、この所有者を実雇用率の算定対象とします。
障害者の差別禁止及び合理的配慮の提供義務
企業は、募集及び採用において、障害者に対し非障害者と均等な機会を与えなければならないとされています。賃金・教育訓練・福利厚生等の待遇について、障害者であることを理由に障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることも、障害者雇用促進法では禁止されています。
また、「障害者に対する合理的配慮」が求められ、例えば募集や採用に当たり障害者から申出があれば、障害の特性に配慮した必要な措置を講じる義務があります。障害者がある方と非障害者との均等の待遇を確保し障害者のある方の能力発揮の支障となっている事情を改善するために障害の特性に配慮した、施設整備、援助者の配置などの必要な措置を講じる必要もあります。ただし、この措置が企業にとって「過重な負担」を及ぼすこととなる場合は、措置義務を果たすべきということにはなりません。
企業にとって、措置義務を課している一方、企業が障害のある従業員に対しハラスメントに及んでしまう例も見られますので、近時の裁判例を見ていく必要があります。
近時の裁判例
岡山地方裁判所平成29年3月28日判決
視覚障害を有する教授に対する授業を割り当てない業務命令が権利濫用とされた例
これは、ある短期大学の准教授である原告が、視野狭窄の持病があったところ、被告(短大を設置運営する法人)に対し、概要、
① 原告に授業を割り当てず、学科事務のみを担当させる業務命令をしたこと
② 原告に研究室の明渡しを命じる旨の業務命令をしたこと
について、これがパワーハラスメントであり、原告に対し隔離・仲間外し・無視等を行ったことなどがいずれも違法であるとして、不法行為に基づき、慰謝料500万円当を請求した事案です。
裁判所は、①について
「被告が本件職務変更命令の必要性として指摘する点は、あったとしても被告が実施している授業内容改善のための各種取組等による授業内容の改善や、補佐員による視覚補助により解決可能なものと考えられ、本件職務変更命令の必要性としては十分とはいえず、本件職務変更命令は、原告の研究発表の自由、教授・指導の機会を完全に奪うもので…原告に著しい不利益を与えるもので、客観的に合理的と認められる理由を欠くといわざるを得ない。
そうすると、本件職務変更命令は、権利濫用であり無効と解するのが相当であるから、原告には本件職務変更命令に従う義務はない」
と判断して、実際の原告の障害の程度や、職務の可能性を考慮し、被告の命令が必要性に欠く権利の濫用に当たるものとして原告の主張を認めましました。
次に、②についても、
「本件研究室変更命令は、今後、原告には授業担当を免じ、研究及び学科事務に集中させる旨の本件職務変更命令(※上記①の判断対象の命令)を前提としたものであると認められるところ、同命令は権利濫用であり、無効と解すべき」
として、やはり原告の主張を認めました。
同判決は、その後控訴され、広島高等裁判所岡山支部でも争われましたが、控訴審においても、被告の職務命令は原告に対し通常甘受すべき程度を著しく超える精神的苦痛を負わせるものであるとして110万円の慰謝料を認めました。
この事件は、障害者の雇用の促進等に関する法律により使用者に求められる合理的配慮の提供義務の内容を、職務変更の場面において具体化するものとしての意義を有しているといえます。
岡山地方裁判所平成24年4月19日判決
脊髄空洞症による療養復帰直後であり、かつ、同症状の後遺症等が存する原告に対し、上司が複数にわたって、厳しい口調で、「辞めてしまえ」、「(他人と比較して)以下だな」どといった表現を用いて叱責していたことがパワハラに当たるとされた例
本件は、銀行に勤める原告が、上司からパワハラ発言を受けたことが問題になった事例です。
脊髄空洞症等の罹患により入院し、退院後自宅療養を経て職場復帰した原告に対し、上司は、原告がミスをすると「もうええ加減にせえ、ほんま。代弁の一つもまともにできんのんか。辞めてしまえ。足がけ引っ張るな。」「一生懸命しようとしても一緒じゃが、そら、注意しよらんのじゃもん。同じことを何回も何回も。もう、貸付は合わん、やめとかれ。何ぼしても貸付は無理じゃ、もう、性格的に合わんのじゃと思う。そら、もう1回外出られとった方がええかもしれん。」「足引っ張るばあすんじゃったら、おらん方がええ。」などと言い、債権回収ができない原告に対し、「今まで何回だまされとんで。あほじゃねんかな、もう。普通じゃねえわ。あほうじゃ、そら。」「県信から来た人だって…そら、すごい人もおる。けど、僕はもう県信から来た人っていったら、もう今は係長(原告)。だから、僕がペケになったように県信から来た人を僕はもうペケしとるからな。」などと言ったこと、
更にミスをした原告に対し、「何をとぼけたこと言いよんだ、早う帰れ言うからできん。冗談言うな。」「鍵を渡してあげるからいつまでもそこ居れ。」「何をバカなことを言わんべ、仕事ができん理由は何なら、時間できん理由は何なら言うたら、早う帰れ言うからできんのじゃて言うたな自分が。」などと言ったことなどから、原告は不安抑うつの症状が出てしまいました。
そこで、原告からはこれまでの上司の言動がパワハラであり、それにより自身の心身に障害が生じたものとして被告である上司(被告上司)及び勤務先銀行(被告銀行)に対し損害賠償請求がなされました。
裁判所は、
「被告上司は、ミスをした原告に対し、厳しい口調で、辞めてしまえ、(他人と比較して)以下だなどといった表現を用いて、叱責していたことが認められ、それも1回限りではなく、頻繁に行っていたと認められる。確かに……ミス及び顧客トラブル、……で被告上司に叱責されている内容からすると、原告が通常に比して仕事が遅く、役席に期待される水準の仕事ができてはいなかったとはいえる。しかしながら、本件で行われたような叱責は、健常者であっても精神的にかなりの負担を負うものであるところ、脊髄空洞症による療養復帰直後であり、かつ、同症状の後遺症等が存する原告にとっては、さらに精神的に厳しいものであったと考えられること、それについて被告上司が全くの無配慮であったことに照らすと、上記原告自身の問題を踏まえても、被告上司の行為はパワーハラスメントに該当するといえる」
として、原告の持病や病歴等に配慮した対応をすべきであったことを認めました。
これに対して、勤務先である被告銀行に対しては、
「被告銀行としては、原告が病気明けであることを踏まえ、外勤から内勤へと異動させ、次いで原告の事務能力、被告上司との関係……及び被告銀行…の繁忙度などから、本店のサポートセンターへの異動を行い、残業や情報処理能力の問題の解消のため現金精査室へ異動させたが、原告の体調面の問題から、最後に人事総務部への異動となったものといえる。確かに、短期間で各部署ヘ移されている上、その結果、各部署で不都合が生じたことから次の異動を行ったという場当たり的な対応である感は否めないものの…」
としながら、
「被告銀行が能力的な制約のある原告を含めた従業員全体の職場環境に配慮した結果の対応であり、もとより従業員の配置転換には、使用者にある程度広範な裁量が認められていることにも鑑みると、被告銀行に安全配慮義務違反(健康管理義務違反)があるとして、不法行為に問うことは相当ではない」
として、配置転換が可能な限りで対応したものであり裁量の範囲内であれば安全配慮義務違反を問うことはできない、としています。
本件では被告銀行の責任は否定しているものの、逆に配置転換が可能なケースであれば、そのような義務が勤務先に生じることもあり得るといえるでしょう。
使用者は、労働契約上、労働者に対して、労働者を使用する過程において、具体的状況に応じて労働者の生命・身体等を危険から保護するよう配慮する安全配慮義務ないし注意義務を負っているとされます。
そのような義務がある以上は、病気休職等からの職場復帰者に対して、使用者は、本人の心身の状態に相応の配慮をすることも求められており、本人の主治医や産業医と十分相談しつつ対応を図る必要があるということは忘れてはいけません。
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